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権田修一別名ごんちゃんと呼ばないのは○○だけ?両親や所属チームのエピソードが温かい!

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サッカー日本代表GKで活躍中の権田修一選手。別名ごんちゃんとよばれている権田修一選手を唯一呼ばない人が発覚!両親や所属チームにまつわるエピソードも素敵すぎたので一緒にお伝えしていきますね。

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権田修一の別名で呼ばない人は?両親はバスケットボール愛好家?!

権田修一選手は雑誌のプロフィールでもニックネームは「ごんちゃん」と書かれています。別名「ごんちゃん」はファンやチームではおなじみのニックネームなのではないでしょうか。

ごんちゃんと呼ばない人は?

2015年J1の神戸VS東京の試合でFC東京のチームメイトの武藤嘉紀選手が「PKを止めてくれたごんちゃん(権田)さまさまです。」と発言しているので、当時のFC東京でもごんちゃんという別名のニックネームで呼ばれていたことがわかりますよね。

チームメイトがごんちゃんと呼ぶということはもちろん奥さんも「ごんちゃん」と呼んでいるだろうと思っていたら、奥さんの裕美さんは「修一さん」と呼んでいるそうです。

しかも「修一さん」と呼ぶのは奥さんただひとりだとか。権田修一選手と奥さんは16歳のときに先輩の紹介で出会ったそうです。奥さんはなぜか波長の合う人だと感じ「笑顔がかわいいな」と思ったのが第一印象でした。

権田修一選手の奥さんは試合の時にいつも「がんばってね」ではなく「がんばろうね」と言ってくれる人だと権田修一選手はインタビューで話していました。「がんばってね」は他人事に聞こえますが「がんばろうね」は共に戦ってくれている気持ちが込められていますよね。

奥さんのこんなさりげない配慮もすてきだなって思います。ちょっとした言葉の違いですが、こんなにも言葉の受け取り方が違うので試合前に言われたら権田修一選手も余計な肩の力もぬけてプレーがしやすくなるのではないでしょうか。

両親はバスケットボール選手?!

意外なことに両親はお父さんもお母さんも元バスケットボール選手です。さらに弟さんもバスケットボール選手というバスケットボール一家の権田家。お父さんの権田哲也さんは慶応義塾體育會バスケットボール部OBでNHKシーホークスでプレイしていた選手です。

2020年慶応義塾體育會バスケットボール部の監督を務めていたという経歴も。さらに弟の権田隆人さんも慶応義塾體育會バスケットボール部OBで2021年から慶応義塾體育會バスケットボール部のアシスタントコーチを務めています。

ちなみにお父さんの身長は180㎝、お母さんは170㎝、弟さんは190㎝、権田修一選手も187㎝と家族みんなが高身長。なぜに権田修一選手はバスケットボールではなくサッカーの道へいったの?と不思議ですよね。

調べてみると男の子は育てるうえで元気すぎるので子どもの体力をいかに消耗させるかということで幼稚園のときに両親がサッカークラブに入れたことがきっかけでサッカーを始めたと権田修一選手はYouTube動画で暴露していました。

権田修一選手のように高身長であることがサッカーのGKとしては大きなゴールを守るという面では高さに対応しやすくきっと有利ですよね。実際に権田修一選手は小学校6年生の時には170㎝も身長があったそうでゴールを守っていると大きいので点をとられないためみんなから褒められていたそうです。

権田選手は「みんなからほめられることが嬉しくてGKをやった方がチームの助けになるかなと思った」とTVで子どもの頃のエピソードを語っていました。権田修一選手は子どものときにはすでに自分に合うポジションまで悟っていたなんてすごいですよね!

さらに権田修一選手は小学校3年生の時にすでにサッカースクールで本吉FC東京U-18のコーチに可能性を見抜かれていたようです。本吉コーチは権田修一選手について「身体は大きいのに足元の技術もある。ボール回しを見ただけではGKとわからなかった」と当時の様子を雑誌のインタビューで語っていました。

Gkのわりにはボールを操る技術が他のポジションの選手と同じくらい優れていたのではないでしょうか。また、中高生のころには練習時間も遅くなり、家に帰宅するのは夜なので夕食が遅く次の日の朝ごはんが食べれないという悪循環になることも。

そんな悪循環を断ち切るためにも権田修一選手のお母さんは学校の休み時間に食べる用の小さなお弁当を3~4個も作って持たせていたというエピソードもあります。お母さんは食べ盛りの息子のことを思って毎日愛情を込めてお弁当を作っていたのではないでしょうか。母の愛は偉大ですね!

権田修一さんは好きなサッカー選手にデンマークのピーター・シュマイケルさんドイツのマヌエル・ノイアーさん、マルク=アンドレ・テアレシュテーゲンさんをあげています。

中でもテアレシュテーゲン選手については「彼はキックが本当にうまいし、見ているところがすごく良い。僕もビルドアップに関してはテアレシュテーゲンくらいパスを味方の足元につけられるようになりたいと思っている。キックの技術や抜群の存在感など彼をいつも参考にしている」とインタビューで答えています。

好きな選手の良いところを自分の技術にも取り入れたいと日頃から参考にしている様子からモチベーションや技術が高くなるのも納得ですよね。

一度は観てほしい所属チームの代表挨拶!

権田修一選手の現在の所属チームはJリーグ清水エスパルスです。今までの所属チームも一緒に調べてみました。

  • 2007年~2016年 FC東京
  • 2016年 SVホルン
  • 2017~2018年 サガン鳥栖
  • 2019年~2021年 ポルティモネンセSC(ポルトガル)
  • 2021年~2022年 清水エスパルス

現在は清水エスパルスに所属してプレーをしている権田修一選手ですが、キャプテンとしてチームをまとめています。2021年のホーム最終戦の試合後にキャプテンとして挨拶をした際にサポーターの方へ胸がじーんとするようなお願いをしているエピソードがあります。

「1年間1試合も出れなくても毎日クラブハウスに1番早く来て準備していた大久保選手、表面に出ている選手だけではない、裏で悔しい思いをしながらがんばっている選手たちにここで今年1番の拍手を送ってやってください。」と権田修一選手は裏で支えてくれているチームの選手のことを気遣うスピーチをしていました。

時折、こみあげてくる感情をおさえて言葉に詰まりながらも心を込めた挨拶が素敵すぎるのでよかったら動画もご覧ください。

メイン選手はお客さんから拍手をもらうことができるけど試合にでない選手も裏で頑張っていること、サポーターには見えない選手の裏を公の場で選手代表として伝えています。チームみんなに注目してもらうことで、より清水エスパルスというチームを愛してもらえるように配慮をしているところが素晴らしいですよね。

試合にでているメイン選手だけにどうしても注目が集まりやすくなりがちですが、権田修一選手のひと声でチームみんなで戦っているということを伝えてサポーターの視野を広げてくれるこのスピーチには感動したサポータも多かったのではないでしょうか。

所属チーム内でも「ごんちゃん」と呼ばれているのも権田修一選手がメンバー一人ひとりを気にかけて見守っている、親しみをもちたくなる存在だからこそ愛着をもってごんちゃんと呼ばれていそうですよね。

個人的には感動して涙が止まりません。こんなにチームひとりひとりのことを考えてくれるキャプテンがいると思うと・・・。

ちなみに小中学校の頃は問題児だったと権田修一選手は自らをYouTube動画で語っています。「今考えたら傷つくみたいなこともバッていっちゃう人だった」と自分を振り返っていましたが、そんな子ども時代を過ごしたようには思えないくらい今では周りの人を思いやることができる人ですよね。

また、家族について権田修一選手は日本代表の活動で家にいれないことがあるけど家族が「大丈夫だよ」と言ってくれるそうです。安心して試合で力を出し切れるように家族で権田修一選手を送り出していると思うと家族からも支えられているからこそ、サッカー選手としてチームメイトを思いやりながら素晴らしいプレーができるんだろうなと感じます。

権田修一選手の思いやりや人柄が家族や所属チーム、サポーターなど関わる全ての人の心を温かくして「応援したい!」または「応援される」関係を自然と作り出しているのかもしれませんね。日本代表としてもこれからの活躍に期待したいと思います。

まとめ

今回はサッカーの日本代表選手としても活躍中の権田修一選手にまつわる噂を中心に調べてまとめてみました。

  • 別名「ごんちゃん」と呼ばず「修一さん」と呼んでいるのは奥さんだけだった
  • 両親は幼い権田修一選手の体力を消耗させるためにサッカークラブへ入会を勧めていた
  • 母親は権田修一選手のために学生時代は小さなお弁当を3~4個も手作りしていた
  • 権田修一選手は所属する清水エスパルスの選手や全日本の選手の裏の努力を見逃さず、感謝していた

インタビューで「日本代表で仲の良い選手は?」と聞かれて「逆に仲の悪い選手がいないんですよね」と答える権田修一選手。人柄の良さから考えても権田選手はけんかにならないようなタイプですよね。

さらに一番コミュニケーションをとれるのはGPと答えていました。中でも元日本代表のGK川島選手の練習に対する姿勢は(自分が試合に出られない悔しさもあると思う中で)「自分が誰よりもハードワークをすることでチームにいい雰囲気を与えてくれた、本当に助けてもらった」と語っていました。

また、最大のライバルで一番の支えである川島選手に空港か飛行機の中で「ごんちゃんパフォーマンスよかったし、このまま続ければ大丈夫」と言われた一言に助けられたということもあったそうです。

同じポジションだからこそ、わかりあえる悩みや言葉の重みがありますよね。当時最年長の川島さんからも「ごんちゃん」と呼ばれていたのも親しみやすく愛される人柄の権田修一選手だからこそだったのかなと感じます。

これからも「ごんちゃん」の愛称でより多くのファンを喜ばせるプレーをしながら日の丸を背負って戦っていってほしいと思います。

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