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緑黄色社会長屋晴子はどんな人?父母や生い立ちから意外なエピソードを発見!

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バンドとして人気を集めている緑黄色社会。メンバーのなかでもひときわ目立つボーカル担当の長屋晴子さんってどんな人なんだろう?素朴な疑問から長屋晴子さんの父母や生い立ちについても調べてみました。

家族や身近な人への想いや長屋晴子さんが届けるメッセージがとても温かかくステキな人柄を発見してしまったのでぜひ、最後までご覧いただき心をポッと温めていってもらえたら嬉しいです。

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長屋晴子の性格は?どんな人?

緑黄色社会のメンバーのひとり長屋晴子さんはバンドではボーカルとギターを担当しています。カメラが苦手で足は震えないけど緊張しないときはないほど緊張しやすいタイプ。

歌う前はドキドキして不安になったりしてステージに上がると「この人にちゃんと届いたらいいな」「MCは次に何を話そうかな」といろんな感情になっていると長屋晴子さんはYouTube動画で話していました。

誰でもたくさんの人前に出ると緊張はつきものなのではないでしょうか。長屋晴子さんとしてはライブやコンサートを重ねているので「そろそろ緊張をしなくなったらいいのにな」と思っていそうですよね。

また、目標としていた「閃光ライオット」に出てその後、何していいかわかんなくなってどう曲を作っていいのかわかんなくなったという挫折も経験しています。大学生の時に周りの頑張っている大学生をみて就職とか不安になってたと誰もが感じる不安を持ちながらも緑黄色社会のメンバーと共に乗り越えてきたようです。

人との関わり方は?

悩みに関しては「これを言って相手を困らせないかな」と思うと人に悩んでいることを見せなかったり相談せずにずっと考えていて人には言わないそうです。長屋晴子さんは相手を気遣うあまり自分の感情を心に押し込めて外へ出すことを我慢してしまう性格なのかもしれません。

長屋晴子さんは自分では人に深入りしすぎないようにしているそう。周りからは男まさりと言われることも。「人に対して深入りしすぎないことが友だちとしては長続きするコツなのでは?」とラジオで言っていました。また、友だちは深い友だちが一人、二人しかいないといっていました。

友だちの距離感を深入りせずに絶妙なバランスで保つこと方が長屋晴子さんは過ごしやすのかもしれませんね。深い友だちは1~2人ということなので狭く深くつきあうタイプのようですね。また、新生活を始める人たちへインスタを通してこんなエールを送っています。

長屋晴子さんは新しいことに挑戦することが怖くて苦手な性格のようですね。自分の経験をふまえて自分が感じた不安を伝えながらも「一緒にがんばろうね」と前向きなエールをファンの人に向けて送っています。

文章からも「大丈夫だよ」と優しく背中を押してくれているように感じられ前向きになれます。長屋晴子さん自身も忙しい毎日を過ごしているなか、世間の人の生活の節目にも目を向けて心に寄り添っている言葉をかけているところから長屋晴子さんは優しい人なのではないでしょうか。

アーティストからみた長屋晴子は?

アーティストのナオト・インティライミさんとの対談で長屋晴子さんについてナオト・インティライミさんは「個性的な特徴のあるボーカリスト」と思っていると伝えていました。特に長屋晴子さんの歌い方で「息づかいのブレスがパーカッションやん」と魅力的な部分を発言していました。

長屋晴子さんは息づかいについては「もともとは何の意図もなくやっていたけど人からブレスについて言われるようになってブレスの長さや吐ききる長さを意識するようになりました」と話していました。また、歌については歌っているのが好きなのでやめられないとも伝えていました。

歌うことが好きでやめられないという時点でめちゃくちゃアーティスト気質が感じられますね。曲作りについて聞かれると長屋晴子さんは「個人では曲を先に作ったことはなくて詞が先になる」「ポンポンと書けなくて難産型。」「バンドメンバーが作ったものに詞をのせるときにはまた違う自分で書けたりするからスピード感が違う。」と曲作りのときの癖があるようです。

緑黄色社会の曲の「キラキラ」はみんなで会議をしているときに「こういうことかも」とアイディアが止まらなくなって書いてみたことがあると暴露していました。会議中でもアイディアが降りてきて止まらないところがすごいですよね。

長屋晴子の魅力とは?

また、長屋晴子さんは元気を出すものは「犬」で好きな食べ物は「いちご」が一番好きとインタビューで答えていました。インスタにはかわいい元愛犬と3ショットが!

長屋晴子さんは幼いころからボーダーコリーとともに過ごしながら、愛犬からたくさん元気をもらっていたのかもしれませんね。写真をみているだけでも癒されます!

また、大量のおたまじゃくしをみつけてテンションが上がっているところをインスタにあげていました。「こんな私につきあってくれるとても心優しいヘアメイク様とスタイリスト様いつも感謝。」とコメントが添えてあり、少女のような純粋な無邪気さも長屋晴子さんの魅力なのではないでしょうか。

さらに自分を支えてくれる周りのスタッフへの言葉も添えているところが感謝を忘れない人なんだろうなと、これまたステキな人柄が感じられます。

その他インスタではこんなコメントも。「言わなくていいことを言う必要のないことってたくさんあるし、たとえ求められたとしても常に自分の全てをさらけ出す必要なんないよなぁ。昔から人に自分のことを話すのが苦手で秘密主義というか明かさないことが多くてそれに苦しんだりもしたけど明かすことで苦しむことだってあるよね。きっと逆も然りでなんでもかんでも知る必要なんてないのよ。知らなくていいこともたくさんあるのよ。大事にしたい距離感。」

長屋晴子さんは人との距離感について苦しんだ過去から自分が程よい距離感を見つけたことで、同じ苦しみや悩みを持つ人にもこんな考え方もあるんだよと伝えたかったのではないでしょうか。このコメントに救われたと感じるファンもきっといると思います。

父や母、家族はどんな人?

長屋晴子さんの父や母はどんな人なんでしょうか?調べてみると父についてはインスタやTwitter等では公開していませんでしたが、インスタで家族について触れていることがちらほら。

「家族でおじいちゃんとおばあちゃんの喜寿と古稀のお祝いをしておじいちゃんの大好きなカラオケに行って。大切な夜だった。ずっと元気でいてね。こんな時間がずっと続けばいいのに」と長屋晴子さんはインスタでコメントをしていました。

おじいちゃんおばあちゃんのことが大好きなんでしょうね。おじいちゃんもカラオケが好きということは長屋晴子さんの歌好きはもしかしたらおじいちゃんゆずりなのかもしれません。また、母については驚きの事実が!

インスタで長屋晴子さんの「ペッペ(緑黄色社会キーボード・ピアノ担当)の誕生日、私の母と弟も誕生日。どちらもお祝いできてよかった。私の家族とペッペが同じ誕生日ってだけで運命を感じてしまうよなぁ。大切な人の大切な日をお祝いすることができるってとても幸せなこと」というコメントを発見!

ちなみにペッペさんや長屋晴子さんの母、弟はみなさん12月6日生まれのようです。家族でも同じ誕生日になるのはめずらしいパターンなのにさらに身近な関係の人も同じ誕生日というのはかなり稀なのではないでしょうか。

個人的には強烈なご縁を感じますね。そして家族やペッペさんなど身近な人を大切な人と表現しているところからも家族をはじめ、周りの人を愛し大切にしていることが感じられます。家族の中にはもちろん長屋晴子さんの父も入っていると思うので、こんな風に愛情豊かに育てた長屋晴子さんの父や母も愛情にあふれた人なのではないかなと想像します。

生い立ちは?名前はあのアニメの影響が!

長屋晴子さんは1995年5月28日愛知県生まれの27歳です。生い立ちを紹介していきますね。「晴子」という名前の由来は人気アニメ「SLAM DUNK」のヒロイン赤木晴子から名づけられたそうです。

両親またはお父さんかお母さんがよっぽど「SLAM DUNK」のファンだったのかもしれませんね。幼いころはお姉さんの影響でピアノを習っていた長屋晴子さん。幼稚園からお姉さんの真似をしてピアノをしていました。

音や歌が好きで歌を歌うと周りの人が喜んでくれたといいます。歌えば周りが認めてくれたし、自分の存在をほめてあげられる存在だったと幼いころを振り返って長屋晴子さんはインタビューにこたえていました。

幼いころから性格は明るくて声は大きかったそうで小学校低学年くらいのときにスーパーで大きな声で歌っていたら恥ずかしくなることも・・・。スーパーで大声で歌うとはかなり大胆な行動ですよね。

音楽を聴くきっかけになったのは大塚愛さんで小学校3年生でシンガーソングライターという職業を知り響きがかっこいいいと思ったそうです。またバンドの「いきものがかり」も作詞作曲をしていることを知りかっこいいと思うようになったと言います。

ちなみに長屋晴子さんは大塚愛さんを好きになった小学校3.4年生で「私は歌手になる」と思ったそうです。初めて作詞をしたのは小学校6年生。そのときに作詞ノートを作ったけど難しいと思って挫折も経験したとか。生まれて初めて作った曲は「たんぽぽ」という曲でした。

小学校6年生で作詞を始めちゃうところがすごいですよね。本気でシンガーソングライターを目指していたことが伝わってきます。

中学~大学時代で変化した音楽への想い

中学では吹奏楽部に入り、3年の時には部長。「周りに伝える」ことの難しさを実感し大会に向けた厳しい練習で金賞を目指した日々だったそうです。

自分の言葉が思い通りに部員に伝わらずに「どの言葉を選んだら意見が伝わるか」を何度も考えたと当時の苦悩も長屋晴子さんはインタビューで語っていました。高校は中京大学附属中京高等学校を卒業しています。

長屋晴子さんは軽音部のある高校に入りたかったそうで探して入学しています。そして高校時代にバンド「緑黄色社会」を結成。「人と違うことをしたい」という思いから独学で曲作りを学びオリジナル曲を制作しました。

大学時代は音楽関係者に「うまく歌わなくていい」と言われる反面、長屋晴子さんは「ボーカルは目立つからうまく歌わなければ」と考えすぎて型にはまった歌い方になってライブも楽しくなかったそうです。

また、過去を振り返って長屋晴子さんは「今までは『人に見られること』を選んできた人生だった。『言葉を選んで伝えよう』と考えすぎて自分軸を見失うことも。大学時代の経験から『気持ちを込めて人に届ける』という意識は欠かさないようにしています。」とインタビューで話していました。

過去に感じたことや経験したことが長屋晴子さんにとっては詞を書くときのベースになっているように感じます。力強い歌い方はもちろん詞からの強いメッセージが長屋晴子さんの魅力であり、たくさんの人の心を動かすパワーとなっているのではないでしょうか。

まとめ

今回は緑黄色社会の長屋晴子さんの性格や父母、生い立ちなどを中心にどんな人なのかを調べてみました。

  • 長屋晴子は悩み事はひとりで考え、緊張しやすいタイプ。
  • 新しいことにチャレンジすることが苦手。友だちは少なく狭く深く付き合うタイプで家族や周りの人を大切にしている。
  • 父については不明、母と弟、バンドメンバーのペッペと誕生日が同じ。
  • 名前の「晴子」はアニメ「スラムダンク」のヒロイン晴子から命名。
  • 姉がピアノを習っていたことがきっかけでピアノを習い始め、歌ったり音が大好きになる。
  • 小学校3年生のときに大塚愛やいきものがかりに憧れ、歌手になることを決意。バンド緑黄色社会は高校生の時に結成した。

長屋晴子さんは東京に移り住んで1年たっても土地勘がないとインタビューで言っていました。しっかりとした雰囲気の女性に感じられますが意外と良い意味で隙がある一面に驚きです。

インスタではファンへの励ましのコメントをのせているなか、ちょっとおどけた表情でおもしろ写真を載せたりする長屋晴子さん。

きれいな顔でおちゃめな一面ものぞかせるところがファンの人からも慕われている長屋晴子のステキなところかもしれません。これからもパワフルな歌声と歌詞でたくさんの人の心にパワーを与えていってほしいなと思います。

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